ー第二景詳細ー
私が子ども食堂を始めた
思春期の経験と感情
私が子ども食堂を始めた原点は、中学生から高校生にかけての時期に経験した、「孤食」とそこから生まれた「人とのつながりへの渇望」、そして「温かい食事と人間関係に救われた経験」にあります。
家族との食卓からの
変化と「孤食」
私は牧師の両親と1歳半違いの弟の4人家族で育ちました。しかし、中学1年生の時に両親が別居したのです。母(牧師でもある)が大学教員として働くために静岡県浜松へ転居したことで、私は中学生の頃は週末に母が新幹線で帰ってくるものの、高校生になると年に数回しか会えない状況になりました。結果として、中学・高校時代は、父と弟との3人暮らしが続きました。
この時期から、私は朝食を摂らないようになり、午前中はお腹を鳴らしていることがよくありました。中学生の頃は給食がありましたが、高校生になると給食がなくなり、クレジットカードを渡され、好きなものを食べることができました。周りの友人からは羨ましがられたものの、私は手作りのお弁当を食べる友人たちを羨ましく感じていました。
この当時の状況を、私は「孤立・孤食の環境であることに対してなんとなく嫌だなと感じるのも、しょうがないのかなと思っておりました」と振り返ります。当時は漠然とした不満だったものが、今振り返ると「発展途上国のようなレッド信号の状況ではなくても、イエロー信号であった」と強く感じています。この「イエロー信号」が、私の子ども食堂への思いの根底にあるのです。
温かい食事と人間関係に
救われた経験
このような「孤食」の環境を打ち破りたいという思いから、高校1年生の時には、実家からほど近い神楽坂の高級飲食店で、大学生だと偽りながら終電近くまで毎日働くようになりました。
この飲食店での経験は、私にとって非常に温かく、救われた感覚をもたらすものでした。特に、開店前の賄いをみんなで共に食べる時間は、私にとって大きな喜びとなりました。スナックのママのような女性や、一回り年上の店長、そしてお兄さんのような同僚たちとの食事や労働は非常に楽しく、私は大学時代まで、神楽坂や銀座の店舗で週5日働き続けました。
この「温かい食事を囲む環境」と「そこで育まれた人とのつながり」が、私の「孤食」の経験から来る寂しさや不満を癒し、私を救ってくれたのです。
この思春期の経験、特に「孤食」がもたらした寂しさと、その後に「温かい食事と人とのつながり」に救われたという経験が、現在私が子ども食堂を運営する原動力となっています。それは単に食事を提供する場だけでなく、「つながり」を提供することの重要性を心から理解しているからこそ、私はこの活動を続けていられるのだと感じています。
わかまつ子ども食堂
代表 鈴木元彦
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https://congrant.com/project/kodomo-egao/22233
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口座名義: わかまつ子ども食堂
代表 鈴木元彦
(ワカマツコドモシヨクドウ ダイヒョウ スズキ モトヒコ)
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